なぜ恋人ができた人間のツイッターは面白くなくなるのか?

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初めまして。加護メイと申します。今回からこちらのサイトで記事を書かせて頂くことになりました。よろしくお願いいたします。

さて、友人・知人とのコミュニケーションや、有名人・面白い人の情報を流し見するのに最適なSNS、ツイッター

このツイッターですが、昔からこんな話がまことしやかに流れていますのを、皆さんはご存知でしょうか?

それは、

恋人ができたツイッタラーのツイートは面白くない

ということ。

私はツイッターを始めてから7年程度になりますが(公式RTがなかった時代、Twit for Windowsが幅を効かせていた時代です)、フォローしているユーザーのツイートを見ていても、その傾向は確かに存在するように感じます。

断言します。恋人ができた人間のツイートは高い確率で面白くなくなります。今回は、その理由について考えてみたいと思います。

恋人ができたツイッタラーは、SNSではなく恋人に面白い話をする

まず、ツイッターにつぶやくモチベーションについて考えてみましょう。

ツイッターは主に独り言を書き込む場所です。「今日どこどこで何をしていたら◯◯みたいな人が△△していて面白かった」といった、日常で起きたことを面白おかしく書いていくのが読んでいて楽しいツイッタラーの特徴でしょう。

彼らをフォローしていると、彼らだけの生活、意見、思想などが垣間見えるため、普通に生活しているだけでは得られない新鮮な情報を得ることができます。

しかし、ひとたび彼らに恋人ができてしまうとどうでしょうか?

まずそもそもツイッターに浮上することが少なくなりますね。そして、ツイートの魅力の一つだった「キレ」が放物線のように落ちていきます。

このとき、彼らのつぶやくモチベーションの源泉、つまり「こんな話をしたいなぁ」と思えるネタの対象は、SNSよりも身近な存在に容易にシフトしているのです。

ネットの向こうで星をつけたり拡散してくれる人よりも、面と向かって笑ってくれる恋人のほうがよっぽどか貴重なわけです。

SNSに情報発信している人の多くは、自分の発信した情報に、ふぁぼやRT(らぶりつ)、リプライ等の反応が貰えることを期待しています。ある種の自己承認欲求といってもいいでしょう。裏を返せば、その自己承認欲求を満たしてくれる存在(=恋人)がいれば、SNSなんて二の次になってしまって当然なのです。恋人とは色々な欲求を交換しますしね。

ツイートする側・読む側の価値観が変化する

次に、ツイートを書く側と読む側の価値観の変化について触れておきましょう。

これは即ち、「最初は面白いと思ってフォローした人が面白くなくなった」という意味になります。

例えば、あなたが重度のアニメ好きで、フォローした相手は放送ごとに深い考察をツイートしている男性ユーザーだったとしましょう。

そんなユーザーに彼女ができ、彼はアニメツイートが少なくなり、代わりにイタリアンでディナーを楽しむ様子や温泉旅行に行っている様子をアップするようになります。

そんなときあなたはこう思います。「最近の◯◯さんはアニメツイートしなくなったなぁ」と。

しかし、彼からすればそれは当然のことです。自分の中での優先順位が、アニメよりもリアルの彼女の方が上になったからです。これが価値観の変化です。

ツイッターとは、つぶやく本人が自由に使って良いものです。ツイート内容がどのようにシフトしようが、それは本人の勝手です。

しかしそれをフォローしている人からすれば、「あの人最近変わったな」と思ってしまうことでしょう。

恋愛とは本人の価値観を180度変えてしまうものです(たまに変わらない人もいますが)。恋する前のユーザーの価値観に共鳴してフォローしていても、恋した後のユーザーの価値観は変化していることが多いため、再度共鳴できるとは限らないのです。

会社という恋人ができてツイートが面白くなくなる人もいる

ちなみに、恋人ができなくてもツイートが面白くなくなる人もいます。これの最たる要因には「就職」が挙げられるでしょう。

大学時代に自由にツイートしていたツイッタラーは、内定式付近を境にアカウントを消すか、鍵をかけるか、アカウントを放置することがあります。特に、下ネタや非リア充ネタを中心にツイートしていたユーザーはその傾向が強いといえます。

彼らがアカウントを消す理由はズバリ、「会社でアカウントが特定されたくないから」もしくは「フォロワーに会社を特定されたくないから」です。会社とは自分の人生の軸になる場所ですので、ツイッターのような猥雑なコミュニティから干渉されること、もしくはその猥雑なコミュニティに参加している自分に会社から干渉されることを嫌うのです。当然の行動ともいえるでしょう。

一方、アカウントを消す分には問題ないのですが、たまにツイッターに生き残る人種がいます。

しかし彼らはおしなべて「帰りたい」「眠い」「つらい」ばかりツイートするようになります。学生時代は「◯◯クッソうけるwwwwwww」とか「やべーwwww」といった具合にテンションが高かったはずなのに、就職した瞬間にこうなってしまうのです。

この場合は、そのユーザーの価値観が変化したというよりは、感情が死んだと言ったほうが正しい表現といえるでしょう。果たして、かつてネタツイや面白いエピソードをふんだんに投稿していたアカウントは、疲弊しきった悲しい社畜アカウントになってしまうのです。面白いツイートをする気力が社会生活によって削がれきったため、ツイートが面白くなくなるのです。

まとめ:SNSは自分のためのメディアだ

以上、恋人ができたツイッタラーのツイートが面白くなくなる理由と、おまけで社畜化したツイッタラーのツイートが面白くなくなる理由についてお話しました。

どんな理由があるにせよ、ツイッタラーのコンテンツ力低下はフォローしている側からすると悲しい出来事です。

しかし、人間は歳を重ねるにつれて変わっていく生き物です。相手の価値観が変化するように、自分の価値観だって変化していきます。そんな時、「あ、合わないな」と思ったユーザーがいれば、フォローを外したりミュートにすることも必要でしょう。

時々勘違いされる人がいますが、SNSは自分の使いたいように使えば良いのです。誰かに強制されたり、干渉を受けるようなものではありません。同時に、フォローしている相手にも、SNSを好きなように使う権利があるのです。

「あの人のツイートが面白くなくなった」と思うのであれば、その理由は、相手と自分の歯車が噛み合わなくなったという事実に過ぎません。残酷なようですが、これは防ぎようがないことです。

フォローする必要のなくなった人はリムーブしても構いません。クソリプを無視するのも自由です。気に入らない人はブロックしましょう。

SNSは自分のためのメディアであり、他人のためのメディアではないのです。