- あなたの今日一日を漫画にしてみたら面白いと思いますか?
- あなたの今日一日を小説にしてみたら面白いと思いますか?
自宅で仕事をしている私は、今日、朝起きて食パンを食べ、朝から降り続いている秋雨の音を聞きながら読書をし、ランチに麻婆豆腐を食べたのちパソコンに向かい飼い猫に邪魔をされながらこれを書いています。
麻婆豆腐は上出来でとても美味しかったし、雨の音もなかなか趣があると感じますが、私はこれをそのまま小説にしたいとは思いません。
しかし漫画なら、とても面白い作品ができあがると思います。
なぜなのか?小説執筆歴15年、コミケなどで同人誌を販売経験のある私が実際に体験した話をさせていただきたいと思います。
漫画には、小説にはない表現力がある
「漫画と小説のかき方の違いは何ですか?」
と聞かれれば、そりゃ絵があるか無いかの違いでしょう。と答える方も多いと思います。その通り。漫画の表現方法は絵なので、主人公の感情が大きく揺さぶられる場面や読者にインパクトを与えたい場面では、見開き1ページ全部を1コマにしてみてもいいのです。
しかし、小説の場合はどんなに圧倒的な場面であっても、淡々と文字だけで綴っていくことになります。
上で書いた私の一日を漫画で描くとしたら、まず主人公は美人でクールなアラサー女子。目覚ましより早く目覚め、てきぱきと家事をこなす。麻婆豆腐を作る場面では、豆板醤や甜麺醤などの調味料を使いこなし、中華鍋を豪快に振る様子をグルメ漫画さながらに描く。
そして書斎でデスクに向かい、パソコンのキーボードを打ち始めたところで飼い猫が現れる。まんまるな顔をした可愛いスコティッシュフォールド。キーボードの上に乗ってきたり、主人公の手にまとわりついてにゃあと甘えたり。すると、それまで才色兼備な完璧だった主人公が途端に猫にデレデレになり猫なで声で話し始め、仕事そっちのけで猫じゃらしで遊び始め「だから結婚できないのよ私」というオチ。
最後の最後で読者をクスッとさせたり、同世代のアラサー独身女子に「なんだ、完璧に見えて私と同じね」と共感を呼ぶことができるかもしれません。猫を可愛らしく描き、洗練された部屋の様子や美味しそうな料理シーンにコマ割りをたくさん使えば、たったこれだけのネタでも面白い短編漫画ができあがります。
一方、まったく同じストーリーで小説を書こうとすると、どんなに文章が上手くても想像以上に退屈な話になることが予想されます。アラサー女子の一日なんて、有名人のエッセイや人気作家のおまけ話としてなら読む価値もありますが、一般人が書いたとすればブログや日記と変わりありません。
漫画のように圧倒的な説得力での視覚効果がない分、「どれだけ面白い内容が書けるか」が重要なのです。
小説だからこそできる表現もある
では、反対に、小説では面白かったのに漫画化したらつまらなかった、という体験談を紹介しましょう。
私は高校の頃、文学部に所属していました。毎年、文化祭ではみんなの作品をまとめた同人誌を販売します。それはお隣の漫画部でも同じで、その年、漫画部の友人と相談し「同じ話を漫画と小説でかいてみよう」という企画をしました。まずは私が小説を書き、友人がそれを漫画化し、それぞれの同人誌に載せたのです。
ストーリーは、兄を亡くした主人公が、亡き影を追い求め少しでも兄に近づこうとする話。そして最終的にたどり着いたのが高層ビルの外側を掃除する仕事。空にいる兄に少しでも近づけるように、世界一高いビルのてっぺんに上ったときやっと兄から解放されるというちょっぴりシリアスなお話。
結果は、後日思わぬ形で返ってきました。それぞれの同人誌には感想を寄せる宛先としてメールアドレスが載せてあったのですが、私の所属する文学部には今までにないほどの感想が寄せられ、そのほとんどが私の作品に対する好評だったのです。口コミで広がったのか、ぜひ欲しいので売ってくれという依頼もあり、増刷した分もすべて完売になりました。さらに、その年の文芸コンクールで私は優勝を果たしました。
一方、友人の漫画はというと、これといって反応はなく、同人誌の中での人気投票でも下位の方という結果でした。
まったく同じストーリーなのですから、展開やオチで差が出たのではない。では、漫画には不向きなストーリーだったのでしょうか。
しかし、後から読み返してみると、漫画と小説では読後感が違ったのです。
私の書いた小説は、兄の影にとらわれている主人公が無意味な行動を繰り返しながらも、「空に一番近い場所」にたどり着き何かを吹っ切るという爽快なラストになっています。漫画の方はというと、暗い病院のシーンや主人公が絶望しているシーンが強烈に心に残り、ビルの上から空を見上げるという美しいラストにも関わらず「この後飛び降りるんじゃないだろうか」という不安感を抱かせて終わっています。
また、この話では繰り返し「きれいな空」が出てきます。入道雲、月、窓に映る空、ピアスに反射する太陽光。それらを漫画で表現するには限界があったというのも原因のひとつだと感じました。
前述したように、小説は文字だけで構成されています。「きれいな空」と言っても思い浮かぶ情景は人それぞれです。読者が今まで見上げた空、写真で見る空、テレビで見た空を思い起こしながら読んでくれたのだと思います。ところが漫画だと、なまじ絵が描かれている分、「きれいな空」=そこに描かれている空、でしかないのです。背景に写真を使用したり、CGやカラーでキレイに描けば別ですが、普通のコミックのクオリティーで空を描こうとしても、読者の想像した最上級の空なんかには太刀打ちできないのです。
小説のいいところ、漫画のいいところ
以上のことから、小説にして面白い話、漫画にして面白い話というのは異なるということです。とはいえ、まったく異なるストーリーというわけではなく、「かき方」の問題なのです。
冒頭に戻りますが、私の今日一日を小説化するにあたって、こんなエピソードを加えてみてはどうでしょうか。
「ちょうど三年前の雨の日、私は会社を辞めた。OL生活に終止符を打ったその帰り道、ずぶ濡れの子猫を拾った。今日みたいな雨の日、こんな日は仕事にならない。決まってうちの猫が『ありがとう』と言わんばかりに甘えてくるのだ」
このエピソードを漫画で描けば、「三年前の会社を辞めた場面」「子猫を拾った場面」「甘えてくるのだという場面」とそれぞれ描かなくてはならなくなり、ページ数も増えてしまう。だが小説なら、たった数行ラストに挿入するだけで、このストーリーをまったく別物に代えてしまうのです。
これから小説を書き始めたい人、千冊でも二千冊でもまずは多くの小説を読むこと。漫画ではなく、小説を。映画ではなく、小説を。
そして、新しいアイデアが浮かんだら、それは漫画で読んで面白いのか、映画で観て面白いのか、小説で読んで面白いのかをそれぞれ想像しながらストーリーを考えてみるといいと思います。
今回のゲストライター
木田 依羅(きだ いら) 様
小説執筆歴10年あまり。ジャンルは恋愛をテーマにしたものが多く、メリーバッドエンド(いわゆるメリバ)を得意ジャンルにしています。学生時代は文学部に所属しており、数多くの同人誌を発行しました。もちろんコミケ等のイベント頒布も経験しています。
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